訳アリ男児母のこころ模様

長男は不登校、次男は知的障害を伴う自閉症、わたしは愛着のカウンセリング受けながら自分を育て直し中。そんな母が感じたこと、考えたことをその日の気分でつづっていきます。R4放送大学卒業 、認定心理士。カウンセラーの修行中。

カウンセリングを受けて徐々に見えてきたこと

私はとにかく自己評価が低い

でもどうしても湧き上がる『評価されたい』

単純に言うと『ほめられたい』欲求

 

誰かが目立ってキラキラしてるとすんごいうらやましい

と同時に私のほうがすごいもん!という謎の嫉妬

私のほうがすごいのになんで評価されないの?というイラダチ(。-`ω-)

 

いや

普通に考えて

あなた自分が自信があるところ隠してるでしょって話

必死で隠れてるくせに評価されないと怒るってなに(・・?

 

じゃあなんでできるところを隠すのか

やっぱりこわいんですよね、自分を否定されることが

 

カウンセリングを受けて分かったのは

ひとりっこだったけど、私はあんまり褒められた記憶がない

いい子じゃないと捨てられると思ってた

根拠はないけど

普通に考えて親が子を捨てることはあんまりないけど、かたくなにそう思ってた

だから捨てられないようにいつも親の顔色をうかがっていた

 

小さいときに頑張ってることを親に笑われてた(気がするだけね)

小さい私としては親に認められることが最大のミッションなのに・・・

その頃は家以外に居場所なんてないし

 

安心感を感じないまま成長し

高校生のときには

『自分なんていなくても誰も悲しまないから、いつ消えてもいいかな』って本気で思ってた

自転車こぎながら

このまま車道に出たら終われるかなとか

自分が消えたときに周りの人はどう思うかなってリアルに想像してた

自分が想像した自分のお葬式では、誰も悲しんでなかった

 

運よく大学に合格し念願のひとり暮らし

そのころから

私は母親といると疲れるっていうことに気付き始めた

母親と話していても

母親が一方的に話すだけで、私の話は聞いてくれないことに気付いた

気付くの遅すぎ(+_+)

それくらい、自分の感情なんて知らなかったし、母親が言うことが私の気持ちだと思ってた

 

あのまま実家で同居してたら

ずっと自分の気持ちなんて分からずに壊れてたかも

ひとり暮らしをさせてくれたことが数少ない感謝できることかな

 

友達が母親と一緒に旅行したり

誕生日や母の日を祝ってあげたりしてるのをみて

自分はなんて親不孝なんだと

またまた懲りずに自分を責める

もはや自分責めが趣味・・・

 

でもカウンセリングを受けて

何を感じてもOK

何を思ってもOKと知り

やっと少しずつ自分を許せるようになった

母親が嫌いな自分でもいい

嫌なものは嫌

自分を大切にするっていう意味はこういうことなんだな

まだ自分を好き!とまでは言えないけど

やっと、こんな自分もありかなって思えた